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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)3387号 判決

原告

森川カズ子

右訴訟代理人

酒井信雄

外一名

被告

堀本建設株式会社

右代表者

堀本茂徳

被告

クレセント興業株式会社

右代表者

織田喜平

外一名

右両名訴訟代理人

俵正市

外一名

主文

被告堀本建設株式会社は原告に対し金三〇万円およびこれに対する昭和四八年八月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告の、その二を被告堀本建設株式会社の負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一(当事者の求める裁判)

(原告)

被告らは原告に対し各自金二二〇万二四〇〇円およびこれに対する昭和四八年八月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告ら)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二(当事者の主張)

(原告)

(請求原因)

(一)  原告は別紙物件目録一(1)(2)記載の土地建物(原告土地建物という。)を所有している。右建物は昭和四〇年頃建築したものである。

(二)  被告クレセント興業株式会社(被告クレセントという。)は昭和四七年一二月被告堀本建設株式会社(被告堀本建設という。)に対し別紙物件目録二(1)記載の土地(原告土地の南側に隣接する土地)上に同目録二(2)の建物(被告建物という。)の建築を請負わせ、被告堀本建設は右依頼により建築工事(本件工事という。)をなし昭和四八年二月末に右建物を完成した。

(三)  原告土地・建物と被告建物との位置関係は別紙添付図面表示のとおりであつて、互に近接していて僅かしか間隔がない。

被告堀本建設は本件工事をなすについて原告土地の間際まで掘り越し、地下約二メートルまで鋼矢板も打たずにシヨベルカーを使用して掘下げ短期間で右工事を遂行した。

また、被告建物の建設された付近一帯はシルト層と称せられる軟弱な地盤が地下約一〇メートルに達していたから、被告建物(接地圧平方メートル当り5.96トン)を建築するに際しては、支持杭を用いる等地盤沈下防止の処置を構ずべきであつたのにかかわらずこれをなさず、根切り1.5メートルのベタ基礎で施工したため周囲に地盤沈下を生ずるに至つた。

原告建物は本件工事により著しい衝撃を受け、その結果南側において約一〇センチメートル(傾斜度約三〇分)沈下し、モルタルに大きなひび割れを生じ、便所等のタイルは離れて断層状になり窓その他の戸は開閉できなくなつた。

(四)  原告建物に対する前記被害は被告らの過失に基づくものである。

(1)  被告堀本建設は、工事請負人として原告建物の間近を掘下げるに当り、右建物に損失を与えないよう地盤・建物の耐久度等を測定し安全を確かめ、振動の少い方法で時間をかけて安全保持の上施工をなすべき義務があるのにこれらの処置を措らず漫然シヨベルカーで掘下げ手荒な工事をなした。また、建築の専門家として前記のとおり地盤が軟弱であることは分つていたし分つていなければならなかつたのであるから、原告建物が地盤沈沈下の影響を受けないよう基礎固めをするべき注意義務があつたのに、これを看過した過失がある。

(2)  被告クレセントは、前記のとおり特殊な地形上に建物をその敷地全体に短期間に建築するについては無理があり、これを断行する場合は原告建物に被害がでることが予見できるのに敢て右建物の注文をしたものであるから注文または指図について注文者に過失がある。

また、付近は田畑の埋立地であつて、被告建物の建設前には地下鉄工事により附近一帯に被害が発生していたことから地盤が軟弱であることが容易に知り得たのにかかわらず、この点の考慮を払わず工事の注文・指示をなした過失がある。

(五)  被告らの本件工事により原告が被つた損害は二二〇万二四〇〇円であつて、その内訳は次のとおりである。

(1)  建物沈下の復旧に要する総工事費 一五〇万円

(2)  原告建物の修理の期間中建物南側部分二戸の家族および家具類を一時他に転居せしめる費用(二か月分) 四〇万円

(3)  右修理期間中賃料収入が得られなくなるための損失(二か月分) 一〇万二四〇〇円

(4)  慰藉料(共同住宅内の住民等から責められ、また復旧工事に相当の精神的苦痛を伴つたことによるもの。) 二〇万円

(六)  よつて原告は被告らに対し各自右二二〇万二四〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年八月二四日から右支払済みに至るまで民法所定の利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告ら)

一、(請求原因に対する答弁)

請求原因事実(一)のうち、別紙物件目録一(1)(2)記載の土地建物が原告所有のものであることは認める。同(二)のうち完成日を除いてその余の事実は認める。被告建物の完成日は昭和四八年四月一一日である。同(三)のうち原告土地建物と被告建物との位置関係、工事方法は認め、その余の事実は否認する。同(四)、同(五)は否認する。

二、(積極主張)

原告建物は、阪神高速高架道路および地下鉄築港・深江線の沿道にあり、その各基礎工事により被害を受けているのであり、また粗悪な建物であるため老朽化が早かつたこと、建具類は建付の悪いまま長年放置されてきたことによるのであつて、被告建物の工事は原告建物に影響を及ぼしていない。

第三(証拠)〈略〉

理由

一原告は別紙物件目録一(1)(2)記載の土地建物の所有者であること、被告クレセントは昭和四七年一二月被告堀本建設に対し原告土地の南側に隣接する別紙物件目録二(1)記載の土地上に同目録二(2)記載の建物の建築を請負わせ、被告堀本建設は右依頼により本件工事をなし右建物を完成させたこと、原告土地建物と被告建物との位置関係は別紙添付図面に表示のとおりであること、被告堀本建設は本件工事をなすについて原告土地の間際まで鋼矢板を打つことなくシヨベルカーを使用して掘下げたことは当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を綜合すると、次の事実が認められる。

阪神高速道路緑橋・深江間の工事は昭和四六年六月頃から始まり、同年末頃基礎工事を、同四七年五月頃全体工事を終つた。右基礎工事は井筒基礎(地上に構造物をセツトし煙突状の筒を地下に沈下さて行う方法)あるいはドリルで地中に穴を開けて杭をつつ込むといつた方法がとられ、防護矢板は打たれるがコンクリート杭は一部で打ち込まれた外は使用されないでなされた。右工法による場合振動は比較的少いが、周辺(殊に高速道路の南側)住民からは家の柱がゆがんだり、壁がひび割れするなどの被害が発生した旨訴えられ、これに対して右工事請負人であつた大成建設株式会社は影響の及ぶと判断(橋梁については掘削した五メートルから約四五度の線と考えたようである。)された周辺住宅の壁を補修する程度の工事をなした。右道路完成後は、高速道路上とその下にある従来道路とを多数の車両が高速で通過しておりそれに伴う震動も周辺に伝わつている。

地下鉄工事は、被告建物から約二〇〇メートル離れた場所で昭和四七年から同四九年初頃迄地下約一五ないし一六メートルの掘削を含む本件工事が行われた。右工事が開始された頃、付近住民より地盤が沈下し家が傾いたとか、壁にひび割れが生じたとかの苦情が述べられていた。

立体交差橋架設工事は、被告建物の南側道路上で昭和四八年から同四九年三月迄なされ、右工事に際しては機械で掘削が行われたため、付近住民から騒音についての苦情が訴えられていた。暗梁設置工事は、昭和四四年暮頃従来流れていた運河を埋め立て被告建物の南側前歩道橋の下辺りに、深さ一二ないし一三メートル、幅七ないし八メートルの暗梁を南北に施設し、同四五年春頃完成したものである。

原告建物は、一階三戸、二階三戸の合計六戸の賃貸を目的とする木造二階建住宅であつて、南側は境界線より約五〇センチメートル控えて建設されており、昭和三九年一一月三日に完成した。原告建物は被告建物の建築工事が開始されるまでほとんど修理がなされたことはなかつた。

ところが、被告建物の基礎工事が始まつた頃より原告建物の借家人から建物に異常がでてきたとの苦情が家主である原告に対して訴えられた。

原告建物は、本件工事開始頃と相前後して、殊に南側(訴外内田安成、同田中芳子の居住部分)において幾分沈下し、モルタルに数か所ひび割れが生じ、便所のタイルが離れて割目が生じるといつた損傷が生じた。

被告建物の基礎工事は原告建物との間隔が約0.5メートルの近くに至る範囲で鋼矢板を使用することなく地下約1.50ないし2メートルの深さまでシヨベルカーを使用し震動を伴つて掘下げられて行われた。

なお、被告建物が建築される以前にはかつて同敷地上に建物が存在したことがある。また、本件工事現場付近の地表から約一三メートルはシルト層で地下約三メートルの辺りに砂層があつて全体に軟弱な地盤である。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三右事実によると、原告建物の南側部分(被告建物に近接する部分)に被害が多く発生していること、原告建物の右被害の多くが被告建物の建設時期とほぼ同じくして発生していることが認められ、近接した場所において震動を伴う方法で掘削して工事がなされた場合にはその周辺の土地家屋に対して右震動が伝わり何らかの影響を及ぼすものであつて、このことは右工事現場と被害土地建物との間隔が短いほど大きくなるものであると考えられるから、これらを綜合すると、本件工事は原告建物に対して影響を及ぼしているものといわざるを得ないのであつて、右認定に反する証人内橋慶次の証言は前記各証拠と対比して直ちに採用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

なお、前記証拠によると、本件工事には支持杭が用いられておらず、ベタ基礎で施工された事実が認められるけれども、これが原因で周囲に地盤沈下を生ぜさせるに至つた事実を認めるに足りる証拠はなく、右に関する鑑定人中西広全の鑑定結果は、証人内橋慶次の証言により成立を認める乙第六号証、同第一八号証と対比して直ちに採用することはできない。

もつとも前記のとおり附近一帯の地盤は軟弱であつて附近全域に亘つて地盤沈下がみられ、かつ地下鉄工事・阪神高速道路および歩道橋の各建設の際の震動、右交通量殊に高速道路を通過する車両による振動が程度の差こそあれ原告建物に各種の影響を与えていることは容易に推認せられるから、原告建物に生じた損害のすべてが被告建物の建設を原因として発生したものとすることはできない。

以上の事情と右高速道路等の各工事時期・距離、原告建物の堅固程度(前記検甲号各証、検乙第一号証の一ないし七による。)、建築後の経過年数等を綜合考慮すると、本件工事が原告建物に発生した後記損傷に及ぼした割合は二割であると認めるのが相当である。

四そうすると、被告堀本建設は工事請負人として、原告建物の近接部分を掘削するのを避けるか、そのような掘削をするに際しては、周辺の状況を十分に調査したうえ原告建物に損害を与えないような措置を構じ震動の少い方法で安全に工事を進めるべき義務があるのにこれを怠り本件工事を行つたからこれによつて生じた原告の被つた損害を同被告において賠償すべき義務がある。

しかしながら、被告クレセントは、本件工事の施行方法については請負人である被告堀本建設に任せており、前記のとおりの工事の方法・進行について特に注文又は指図について注文者に過失があつたとみられる事実の存在について立証がなく、特殊な地形の敷地上に建物の建築を注文したことから直ちにその注文または指図に過失があつたものとはいえないから、同被告には本件工事の結果原告に及ばした損害については責任がないものというべきである。

五〈証拠〉によると、前記のとおり原告建物が南側において沈下しているのをジヤツキで持上げ、便所タイルを張り直して修復するに要する工事代金が少なくとも一五〇万円要することが認められる。

原告は、前記のとおり原告建物を修復工事するについては原告建物の南端側上下二戸について工事期間約二か月間他に転居させる必要があり、その転居費用として一戸当り二〇万円、その二戸分合計四〇万円、その間の得べかりし賃料一戸分五万一二〇〇円、その二戸分合計一〇万二四〇〇円を損害として主張するけれども、賃借人を二か月間転居させる必要および転居費用についてはこれを認めるに足る証拠がない(証人福岡富雄の証言によると、補修期間として二か月間を要することが認められるけれども、その期間中転居させる必要があるかどうかについては明らかでない。)ばかりか、右損害と本件工事との間には因果関係が認められないから右損害の賠償を請求する原告の主張は失当である。

また、原告は慰藉料として二〇万円の支払を求めるけれども、前記修復費用の支払を受けることによつて原告の精神的苦痛は慰藉されるものと考ええられるから、さらに右損害による慰藉料の支払請求を認めるのは相当でない。

六本件訴状の被告堀本建設に送達された日の翌日が昭和四八年八月二四日であることは本件記録により明らかである。

七よつて原告の本訴請求のうち、被告堀本建設に対し三〇万円(一五〇万円の二割)およびこれに対する昭和四八年八月二四日から右支払済みに至るまで民法所定の利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法九二条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(吉田秀文)

物件目録

一(原告)

(1) 大阪市城東区諏訪東四丁目四七番一

宅地(公薄面 田)

二六一平方メートル

(2) 右地上(未登記)

木造瓦葺二階建共同住宅(文化住宅)床面積延161.50平方メートル

二(被告クレセント興業株式会社)

(1) 右同所東四丁目四九番の二(所有者織田善平)

宅地 五七平方メートル

(2) 右地上

鉄骨構造三階建ビルデイング建地面積約四五平方メートル

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